遺産分割の禁止

遺言書を作成するのは、遺言者の老後の生活のため(老後のための遺言)ということもよくあるのですが、自分が亡くなった後、相続人たちにどうなってもらいたいか、どのようにしたら円満に仲良く暮らしてくれるのか、どうしたら子孫が繁栄してくれるのかと気遣って遺言書を作成する人が多いです。そのための工夫のひとつとして「遺産分割の禁止」をご紹介します。

遺言書を作成するわけ

子どもたちが全員等しい価値の遺産を受ければよいとはかぎりません。人それぞれ才能が異なりますので、もしサッカーの才能があってプロ選手になればかなりの収入です。しかし△△△というスポーツの場合、たとえ日本一になっても、あまり人に顔も知られず、たいした収入も得られないことがあります。子どもたちが全員、普通以上の暮らしができていればよいのですが、どうもそうでもないことがあります。子どもたちがそれぞれ頑張っていても、生活に大きな差が生じることがあります。

その差を、相続額で調整してあげようという遺言者さん(親)もおられますが、子どもたちは、「どのような収入を得ているかは自分の実力だ。」と主張するかもしれません。生活力の低い子にたくさん相続させるのは不公平だと思うかもしれません。

子供の中に障碍(障害・障がい)のある子がいれば、自分の死後、その子が無事に暮らしていけるかどうか気がかりかもしれません。そうすると、その子には特別な措置をしてあげたいと思う親御さんもおられるでしょう。

そういうことは、子どもたち同士、相続人同士の遺産分割協議で決めてもらえばよいことですが、仲の良い兄弟姉妹もいるし、仲の悪い兄弟姉妹もいます。相続をきっかけとして仲が悪くなる兄弟姉妹もたくさんいます。遺産分割協議が、親が望むような結果になるかどうかが心配です。そういう心配があれば遺言書であらかじめ指示しておくことができます。遺産分割の禁止もそのひとつです。

未成年者の法律行為

相続人の中に未成年者がいるとしましょう。未成年者はひとりで法律行為ができませんから、遺産分割協議にも自ら参加して、自分の意志で他の相続人たちと話し合うわけにはいきません。法律で、未成年者は知識や交渉能力が十分ではないと一律に決めて、未成年者を保護する趣旨です。実際には、大人よりも賢い未成年者は大勢いるのですが。

未成年者が法律行為をするときは、法定代理人である親が行うことがほとんどです。しかし、遺産分割協議の場合は、たとえば父が死亡すると、妻(子からみれば母親)や子が相続人なので、未成年の子とその母親が同時に相続人となる場合があります。

親が自分の子を殺すという事件もあるくらいですから、親が自分の子の相続分を不当に少なくして、自分の取り分を多くする可能性もないことはないでしょう。ですから、この場合は「利益相反」となって、母親は子を代理できません。

不思議な利益相反

また、亡くなった人(子からみれば父親)がマイナスの財産(負債・借金)を抱えたまま死亡すると、そのマイナスの財産も相続されるのが原則です。(相続放棄等をすれば、相続されません。)

そこで、母が子のために、「マイナスの財産は、すべて自分が引き受けて、子にはプラスの財産だけを相続させる。」という遺産分割協議書を作成したとしても、形式上はやはり利益相反なのです。明らかに子の不利益を回避しているので、母親が自分の利益を図ってはいません。しかし、実務においての利益相反というのは、内容で判断するのではなく、形式的に判断するのが原則なので、せっかくの母親の配慮も活かすことができないことがあります。(事情によっては可能かもしれませんが、遺言作成時に確信は持てません。)

特別代理人

結局、未成年の相続人に代わって「特別代理人」が選任されて、遺産分割協議をすることになります。また、遺産分割の内容について家庭裁判所の許可も必要です。

そうすると、未成年者がいる場合の遺産分割協議は、大胆な内容にならずに、ほぼ法定相続分どおりか、それに近いものにしかならないことがあります。

 

 

遺産分割の先延ばし

上の「不思議な利益相反」に書きましたように、相続人の中に未成年者がいると自由な遺産分割協議がしにくいことがあります。

  • 土地取引については長男が詳しいから、投資用に持っていた土地は長男に相続させる
  • 次男は結婚したばかりでマイホームがないから、亡くなった親の住んでいた家を相続させて母親と一緒に暮らす
  • 現在は未成年である三男はこれから大学に進学する予定があるので、学費や生活費も含めて多めに現金を相続させる

というようなことをするなら、三男が成年に達してから遺産分割協議をしたほうが好都合な場合があります。

遺産分割の禁止

そこで、たとえば三男があと2年すれば成年になるというような年齢なら、遺言書に「三男が成人するまでは遺産分割を禁止する。」と書いておくと、期待したとおりのことが実現する可能性があります。

ただし、法律では一般に「財産を共有していると、何かとトラブルが起きる。」と考えていて、「なるべく共有をやめて、ひとりだけの財産にしましょう。」という傾向があります。

相続開始後、遺産分割をしばらくの間禁止するとしても、それは5年を超えてはいけません。

被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。(民法908条)

遺産の一部についてだけ分割を禁止するなら、禁止する対象を特定しておいてください。

 

 

遺言書の内容に反しても

遺言者の考えと異なることを相続人がしてしまう心配があるから遺言書が役に立つのだとは思いますが、遺言書の内容に反してよいケースも結構あります。

遺産の分割を禁ずるとはいえ、あくまでも相続開始の時から5年を超えない期間を指定できるというものです。

遺産分割の禁止が相続人の利益のためだということが明らかであれば、遺言書に記された遺産分割の禁止期間にかかわらず、相続人全員の同意のもと、遺産分割をおこなってよいとされています。また、事情に変化があり、遺産分割を禁止した意味がなくなった場合も分割が可能と解されています。

相続開始の時から5年を超えない期間を指定してもよいし、上にあげたような「三男が成人してから」というように、特定の事実の到来を待って遺産分割を行うように指定することもできます。

同様に、三男が大学を卒業するまでと定めてもよさそうですが、相続開始の時から5年を超えてはいけませんから、その場合は遺言書の書き方を工夫しましょう。

なぜ一定期間、遺産分割を禁止したいのかがわかれば、相続人も対応しやすいでしょうから、その理由を明らかにしておきましょう。

書面の作成理由・意図

遺言書にかぎらず、示談書合意書などでも同様なのですが、多くの文書では結論だけが書かれていて、なぜそのような取り決めをしたのかがはっきりしないものがよくあります。【遺言書は「結論」】もご参照ください。

相続人全員の意見が一致すると、遺言書の内容にしたがわなくてよいことが多いのですが、どうして遺言書にそのように書いたのかという理由がわかれば対応が楽ですし、遺言者の遺志を大切にすることにつながります。遺言書を書いた理由・遺言書の内容は遺言の付言事項として記すことができます。場合によっては、遺言の付言事項だけを別の書面として遺すことも可能です。ご相談ください。