配偶者に不動産を贈与

タイトルをもう少し説明すると、「配偶者に居住用の土地・建物をあげた場合、それは持戻しの免除があったものと推定する。」ということです。配偶者保護の持戻し免除の推定」といわれています。

これは令和元年(2019年)7月1日からの制度です。法務省のホームページの説明を転載すると、

婚姻期間が20年以上である夫婦の一方配偶者が,他方配偶者に対し,その居住用建物又はその敷地(居住用不動産)を遺贈又は贈与した場合については,民法第903条第3項の持戻しの免除の意思表示があったものと推定し,遺産分割においては,原則として当該居住用不動産の持戻し計算を不要とする(当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができる。)。

ということです。これでわかった人はよいのですが、もう少し詳しくご説明します。

特別受益

亡くなった人から、特定の相続人だけが生前に生計のための財産等をもらっていると、他の相続人からすると不公平だと思うでしょう。

  • まだ給料が少ないからといって、親から生活費をもらっていたりとか、
  • 結婚式の費用を出してもらったとか、
  • 家を建てるのに建築費の一部を出してもらったとか、
  • 親の持っていた土地をもらって、そこに自分で家を建てたとか、

というような費用が生計のための費用で、これをもらっていると特別受益があるといいます。

特定の子にだけこのような財産をあげたのは、親からみるとそうするのだ妥当だと思うような理由があったからかもしれません。が、ただの「えこひいき」だったかもしれません。そのようなことで揉めた場合の指針として、法定相続分をはじめとして一定の解決方法が示されています。

遺産分割協議で相続人(共同相続人)たちが遺産の分け方を協議すればよいのですが、揉めたときのために、あるいは揉めないために、一応公平だと思われる分け方が民法に示されています。その民法によると、

特別受益は持ち戻す」

ことになっています。

 

 

持戻し

持戻しとは、特別にもらった財産(特別受益)を、遺産分割のときに「まだもらっていなかったものとして、相続財産の中に含めて遺産分割協議をする」ということです。

家を建てるために親(被相続人)の土地をもらっていたのなら、他の相続人からみると不公平なので、その土地をまだあげていなかったら相続財産はどうなっていたかを考えます。

遺産分割協議時に

  •  現金・預金3千万円
  •  親が住んでいたマンション

があるなら、遺産分割協議では

  •  現金・預金3千万円
  •  親が住んでいたマンション
  •  特定の子にあげた土地

を持っていたと仮定して協議をします。これが持戻しです。持戻しの対象になっているのは「特定の子にあげた土地」です。

「特定の子にあげた土地」がその当時1千万円だとしても、もし相続の時に2千万円の価値だとすると、この土地は2千万円として計算しますし、もし500万円の価値に下がっていれば500万円として計算します。

理論上は、すべての相続人が公平になるように遺産分割すればよいのです。現実にはもっと複雑な事情が生じるでしょう。

持戻しの免除

上に書きましたように、特別受益に該当する贈与(遺贈も含まれますが)は、親(被相続人)が、どうしてもその子にあげたほうがよいと思ったのであって、「えこひいき」や不公平ではないと考えた結果かもしれません。

それなら「この土地の贈与については、私の相続財産の範囲に含めなくてよい。お前だけにあげたのであって、相続の時に遺産分割協議の対象にしなくてよい。」という意思表示をしておくことができます。これが持戻しの免除です。「遺産分割協議の対象にしない」というのは、被相続人の財産(遺産)に含めないということです。

持戻しの免除には特別な方式はなく、念書のようなメモでもよいし、口頭でもよいし、暗黙の了解でもよいのです。この点は、なんとなく揉めそうな気配がします。

特別受益にあたるものをもらった子は、父(被相続人)から「持ち戻さなくてよいと言われた。」と主張し、他の相続人たちは「そんなはずはない。持ち戻しなさい。」ということになると、結局「証拠」が必要となるでしょうから、通常は書面にします。遺言書を作成するとよいでしょう。

配偶者への贈与の場合

「配偶者保護のための方策(持戻し免除の意思表示の推定規定)」といわれますが、贈与・遺贈を受けた相続人が配偶者である場合には特別の優遇があります。(民法903条4項)

条件を書きますと、

  • 婚姻期間が20年以上
  • 贈与・遺贈の対象は、居住のための建物またはその敷地

ということが必要で、この場合、持戻しの免除の意思表示がされたものと推定されます。

「推定する」と「みなす」の違いは重要です。「推定する」という場合は、他の相続人が「そういう意思表示はなかった」と証明すれば「推定」は覆ります。

その他の注意点としては、

  • 相続開始時に「婚姻20年経過」なのではなく、贈与時に20年経過していることが必要です。
  • 事実婚」「内縁関係」でもよいのかということですが、法律婚でないと相続分(【内縁関係と相続】をご参照ください)が認められないので、ここでいう婚姻期間とは法律婚を指すと思われます。

遺された配偶者が住むところ

夫婦で自宅に住んでいて、夫が死亡したとしても、妻は今まで夫と住んでいたところに住むのではないでしょうか。相続人全員が同意して、何らかの方法で妻(相続人からみておそらく母でしょう)が、同じ家に住み続けられるようにすることは可能でしょう。

夫の遺産が

  • 自宅:2千万円
  • 現金:2千万円

だとすると、合計4千万円で、これを妻と長男・長女の3人で法定相続分にしたがって遺産分割すると、

  • 妻 :2千万円
  • 長男:1千万円
  • 長女:1千万円

となります。
妻は、この2千万円分の相続を自宅という形でもらって独占して使用することができるでしょう。遺産分割協議では、形式上、このようにきちんと遺産を分割できます。しかし、その場合、妻は自宅を手に入れたものの、現金がまったくありません。現金がなくては生活に困るでしょう。もちろん、妻が他に生活に必要な現金収入があるなら問題ありません。

しかし、家が高級住宅地にあるなど、評価額が非常に高い場合もあります。

  • 自宅:7千万円
  • 現金:1千万円

だとすると、合計8千万円で、これを妻と長男・長女の3人で法定相続分にしたがって遺産分割すると、

  • 妻 :4千万円
  • 長男:2千万円
  • 長女:2千万円

となってしまいます。長男と長女がもらうはずの現金が足りません。母(妻)が遺産の2分の1としてもらえるのは4千万円までなのですが、自宅をもらってしまうと法定相続分を3千万円もオーバーしてしまいます。その分は母が現金で長男が2千万円、長女が2千万円になるように渡せば済みますが、母にその現金がなければあげようがありません。

遺産分割協議では、そのようなことにならないように調整すればよいわけですが、現実には協議が整わないことがあります。そして、

  • 自宅を売って現金化する
  • 母は4千万円分は相続できるので、それを資金に別の家を買うとか、賃貸住宅等に転居する

ということもあります。たとえば、母と子供たちが仲が悪いとか、母は後妻で子供たちと血縁関係にないなどが考えられるでしょうか。

父(この例では夫。亡くなって、被相続人となった人)は、妻が住むところに困らないようにする手段のひとつとして、夫婦間の持戻しの特例を使うことも考えられます。

 

 

夫婦間の持戻しの特例

婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用土地建物の生前贈与があった場合には、「持戻しをしなくてよい。」というつもりで贈与したのだろうと推定されます。贈与(生前贈与)のほかに遺贈(遺言書の中でする贈与)も規定されています。
持戻しをしないということは、遺産分割協議の際の「遺産」に含めないということです。居住用土地建物は、妻(夫)がもらって、その他の財産を対象に遺産分割すればよいのですから、妻はとにかく自宅を確保できます。

  • 自宅:7千万円
  • 現金:1千万円

だとしても、妻はあらかじめ自宅不動産を生前贈与されていて遺産に含めません。
そうすると、各相続人の相続分は現金だけですから、

  • 妻 :500万円
  • 長男:250万円
  • 長女:250万円

となります。

配偶者控除

婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行なわれた場合、基礎控除額と最高2000万円までの配偶者控除がありますが、ここで話題にしている「夫婦間の持戻しの特例」と「税金の控除」は別のことです。

夫婦間の持戻しの特例を使って失敗

では、

  • 自宅:2億円
  • 現金:2億円

を持っていたけれども、夫婦間の持戻しの特例によって、自宅は既に妻に生前贈与されていたとします。法定相続分は、

  • 妻 :1億円
  • 長男:5千万円
  • 長女:5千万円

となります。これで理論上は構いません。

しかし、妻よりも先に夫が亡くなると思って、妻に自宅不動産を生前贈与したのに、実際には、贈与後、夫より先に妻が死亡したとすると、妻の遺産は3億円ちかくあるのではないでしょうか。

夫と子供たちで、この3億円相当の財産を相続することになりますから、その場合の相続税等を考えると、きっと妻への自宅土地不動産を「夫婦間の持戻しの特例」を使って贈与したことを後悔するのではないでしょうか。

特例を使うよりも遺言書作成

「夫婦間の持戻しの特例」によって、どのようなメリットがあるかが問題です。一般的には、遺言書を作成しておく方がよいと思います。
便利な使い方ができる可能性は否定できませんから、ここでは「大雑把なアドバイス」としてご紹介しました。

このホームページのあちこちに書いていますが、「法に助けられる人と、法に苦しめられる人」がいます。この民法903条4項で助けられるのか苦しめられるのか、十分検討しましょう。