特別受益

遺産分割

相続が開始して、相続人たちで遺産分割をする場合、なるべく公平に分けようとするのが普通です。長男には家を継がせるという考えもあると思いますが、そういう場合には昔から、長男以外の相続人にはそれなりのものを渡したのです。(ただし、財産のある家の場合はよいのですが、「身分」だけがあって、給料のような俸禄をもらっていた人の家では困ったかもしれません。)

たとえば家と土地は長男が相続し、その他の相続人には法定相続分に見合う金銭等を渡せばよいわけですが、その金銭がない場合にはどうするのかが問題です。相続財産の中にも、その長男自身も、それだけの現金がないならどうするのでしょうか。

遺言書があれば遺言どおりに分けるのが原則ですが、遺言書がなく、遺産分割協議遺産相続の割合が多い・少ないという意見の不一致があれば、なるべく法の規定どおりにすることになるでしょう。

相続(遺産分割)は相続人全員の協議で合意すれば、ほとんど相続人同士で決めたとおりになるものですが、遺産分割協議相続人の意見が一致しないこともあるわけでです。

よく問題になるもののひとつに、民法の903条に規定されている特別受益があります。

特別受益とは

生前に、つまり相続開始前に、特定の子に他の子よりもかなり多くお金をかけていたらどうでしょうか。そのお金とは、大学の学費、留学した場合の費用、結婚資金、マイホーム建設資金、起業・開業の資金、などと紹介されています。

生前にたくさんもらっていれば、相続手続時に調整をしないと不公平です。不公平だと「相続」が「争族」になるなどといわれます。
その調整のために、生前に他の相続人よりたくさんもらった分を特別受益とします。遺産分割のときに、この特別受益の額を、計算上、遺産に含めて計算します。相続の際に特別受益分を返還するイメージです。

昨今の遺産相続で問題になるのは、マイホーム購入資金や起業・開業の資金ではないでしょうか。結納金・挙式費用・単なる生活費の援助等は、特別受益には当たらないとされることがあるようです。

特別受益の意味がわからない

生活や仕事(特に自営業)などの事情で、生前に他の相続人よりも多くの金銭等をもらっている相続人がいることがあります。上に書きましたように、不公平感があるので、遺産分割のときにその財産を一旦、被相続人に返還する(遺産の中に戻す)ようなイメージです。

特に遺言書作成のときに、このことを考慮しておかないと、相続人たちのする遺産分割協議で紛糾するおそれがあります。

遺言書を作成する人の中には、

「あげたものはあげたのだから、自分の死後、返還する(持ち戻す)はずなどない。腹の減っている人に『おにぎり』をあげれば、その場で食べるだろう。善意であげた『おにぎり』を後で返せという発想が間違っている。そんな法律があるはずがないし、自分もそういうつもりはない。」

というわけで、親が遺言書を作成するときに、特別受益も考慮してほしいと言った子は、

「お前はおれをだまして、他の兄弟より多く遺産をもらおうとしているのだろう。」

と思われて、親子関係が悪くなったという話もあります。

ただ、これは特別受益の制度を知っていながら、特別受益を受けた子に有利にしたかっただけなのかもしれません。生前に遺言書の内容を家族(子など)にみせるメリットがあるから内容を教えたのでしょう。遺言書を書く人が、常に客観的で公平なものにしようとしているとはかぎりませんから、真相もわかりません。

実際の遺産分割協議では

『子のひとりが結婚後も親と同居し、家賃も払わず、食費や旅行の費用も親が出した、孫が入院したときの入院費用も親(亡くなった人、入院した子の祖父母)が支払った。だからマイホーム購入資金がたまったのだから、その分の生活費を特別受益として計算すべきだ・・・』という主張をする相続人もいます。

 

兄と弟がいて、兄は大学に行ったけれども、弟は行っていません。そこで、弟は遺産分割協議書作成の際に、兄の大学学費は特別受益だと主張します。そうすると兄は、自分だけが行かせてもらったわけではなく、弟も行っていいというのに、弟は入学試験に受からなかったから行かなかっただけであると反論します。

これは、学力の問題もあるでしょうし、その家の経済状態、その当時の社会的状況を考えないとわかりません。
「留学」も同様です。藩主から多額の費用を得て、何か月も命懸けの航海をして、異国に着く時代ではありません。特別受益の意味を考えながら遺産分割協議をしてください。

真相がわからない

大学の学費、留学費用などについて、片親しか知らないとか、知っていた方の親が亡くなってしまうと、家族はわけがわからなくなってしまいます。通帳を見て、学費が特定できればよいですが、なかなかそうはいきません。

さらに、親が生前、年老いて判断力・記憶力が低下してから、他の子に事実と違うことを話していることがあります。その話を聞いた子は、親の話を信じるでしょう。

たとえば、開業資金が2千万円で、そのうちの1千万円を援助したのに、親の記憶の中では、あの子には2千万円あげたのだと思い込んでいるなら、他の子にそう話してしまうでしょう。

親:「あの子には開業資金として2千万もあげたのに、私が入院したときに看病に来なかった。」
子:「じゃあ、うちの土地建物の評価額が2千万くらいだから、私に全部相続させるっていう遺言書を書いてよ。」

ということになるかもしれません。別に仲の悪くなかった兄弟が、この相続を機に仲が悪くなることは十分に考えられます。

資料を集めればある程度はわかることもあるでしょうが、かなりの労力が必要な上、調べてもわからないこともよくあります。(こういう調査をしようとすると金融機関などはおそらく非協力的です。)また、契約書やローンの記録等があればよいのですが、親が手持ちの現金を渡していれば、証拠がありません。真相は事実上わからないかもしれません。わからないことのほうが多いかもしれません。

「あげたものは あげたんだ」

遺言書を作成した場合、推定相続人(たいていは、配偶者や子供たち)に、遺言書を作成したことや遺言書の内容を知らせるケースも多いようです。

長男のAには開業資金として2千万円あげたので、親は遺言書に、
「私が死亡したら、私の財産はすべて次男のBに相続させる。」
と書くと、公平でしょうか? ここでは、親が死亡時に持っている財産を2千万円程度だということにしておきましょう。

特別受益については、親が亡くなって相続が開始すると、特別受益を親の相続財産に入れて計算します。だから、遺産は4千万円相当です。
ただ、親は遺言書に、
「私の財産はすべて次男のBに相続させる。」
と書きました。これで本当に公平でしょうか。

ここからが問題です。

  • Aは次のように主張します。「それでは私がもらう分は何もなくて、Bが全部をもらうことになる。」
  • Bの言い分は、「Aがすでに2千万円もらっているのだから、ぼくが残り全部をもらってちょうど公平になる。」
  • 親の考えは、「私はAの開業資金としてすでに2千万あげた。あげたものはあげたのであって、あげたものを返せなどという理屈はない。たとえば、昨日、友人にお昼をおごってやったとする。今日になって、やっぱり昨日おごってやったお昼を返してくれといっても、食べたものは返せない。Aは、すでに開業資金として2千万を使ったんだ。要するに、あげたものはあげたんだ。それなのに、相続のときに私が持っている2千万円から、さらに半分もらうつもりか。それでは、Aが3千万、Bが1千万になってしまうではないか。」

こういうときは専門家に相談してもらうとよいのですが、このようなケースではなかなかご相談に来ていただけません。

これは、遺言書作成の注意点でもありますし、遺留分についても問題になるかもしれません。遺言の付言事項についても参考になさってください。

事実をさかのぼる

不動産なら誰かに譲ったことはたいていわかるのですが、他の財産はよくわかりません。後々禍根を残すような、誤解や紛争を招くようなことはしないに越したことはありませんが、現実にはそうもいきません。
実際の手続きとしては、お金の動き等の事情をさかのぼって調べていくことになりますが、真相は必ずしもはっきりするわけではありません。

大学資金は

法律には古めかしい言葉がたくさん出てきます。古い説明では、大学の学費が特別受益にあたるという解説もあるようですが、現在では、高額な私立医科大学の入学金や学費のことをさすと思われます。もっとも、高校へ行く学費がなくて退学する子もいますので、ケースバイケースとしか言いようがありません。

特別受益は家庭によって

何が特別受益に当たるのかについては、亡くなった方と相続人の資産・収入、社会的地位、その当時の社会的通念を考慮して個別に判断するしかありません。

遺産分割協議書の作成にあたって遺産を表にして検討しても、「客観的にみてこれが公平」という結論が常に出るとは限りません。「遺産分割協議」とは、遺産の分け方を決めるためにする協議です。それをきちんと整理して記録したものが遺産分割協議書で、相続手続きの際の正式書類となります。正式書類が不要な場合もありますが、その場合でも「遺産分割協議」という話し合いは必要です。この協議では譲り合いが必要でしょう。あきらめの場合もあるかもしれません。

遺産分割協議をすれば遺産分割協議書はいらないのか

行政書士は協議書を作るものだと思っていますが、銀行等では「協議書はどうでもいいから、相続人の署名押印が必要」だというような言い方をすることがあるので、誤解が生じるかもしれません。

銀行が要求するのは、相続人全員が合意したという意味での署名押印ですが、この署名押印のためには、遺産分割協議という相談をしているはずなのです。「遺産分割協議書」というタイトルの書面は不要な場合もありますが、勘違いなどのないように、その相談の結果を行政書士は遺産分割協議書として書面に残します。

特別受益者が未成年

特別受益を受けていた」人は、相続開始時にあらたに得る金額等が減ることになります。特別受益者が未成年の場合、この特別受益を受けたことの証明書は未成年者が自分で作成できます。未成年者が特別受益を受けていたという証明書は、特別代理人が選任されなくても、共同相続人である親権者でも作成することができます。利益相反にはならないということです。

特別受益があったことの証明書を作成するのは、新たな契約をするわけではなく、交渉をするわけでもありません。単に過去の事実の証明ですから、利益相反になりません。

未成年者自身は、契約書などを単独で作成することはできませんが、特別受益者であることの証明書は、上記の理由で、自分で作成することができます。ただし、手続上、本人の印鑑証明書を添付しますので、未成年者でも印鑑登録(実印の登録)をしておかなければなりません。あるいは電子署名の認証でも可能ですが、これは一般的とは思えません。

特別受益証明書

特別受益についての条文は民法903条です。これに基づいた証明書は、

  • 特別受益証明書
  • 相続分のないことの証明書
  • 特別受益者に該当する旨の証明書
  • 民法903条に該当することの証明書

などと呼ばれています。
実際には特別受益がないのに「あったものとして」特別受益証明書を作成して手続きをする人がいます。実務上便利だからこの方法を使う場合もありますし、脱法行為のこともあります。きちんと説明せずに、「903条による証明書」とだけ書いてあって、署名押印すればよいようになっていることもあります。
肝心なのは実態・実情です。非常に危ない手続きとなることもありますので、専門家の助言のもとで、当事者全員が説明を受けてご利用なさることをお勧めします。